2008年7月20日日曜日

食料自給率の話。part.2

食料自給率シリーズです。

part.1では自給率の数字にこだわる必要はないということ、
感覚的に「自給率が低い」ということが知られていない
ということについて考えてみた。

今回は何について書こうか。


食料自給率は高いに越したことはない。

なぜ、こうも低下してしまったのか。

一般的に言われている理由は
国内農業の衰退と食生活の変化といって間違いないだろう。

特に国内農業の衰退に目が向けられがちなように感じる。


しかしだ。

国内農業が衰退することになった要因を考えてみると
食生活の変化が最も大きな影響を与えているように感じる。

もちろん、農産物貿易の自由化による影響も否めない。


ここで食生活の変化について考えてみると・・・
周知の通り、ここ半世紀で日本の食生活というのは
コメと野菜中心だったのが
コメやパンと肉が中心の食生活に変化した。


これが自給率に大きな変化を及ぼしたものと考えられる。

肉食が台頭する以前の1960年代までは
食料自給率は60%あり、コメの消費量は120kg/人・年だった

それが現在では・・・
食料自給率が40%、コメの消費量は60kg/人・年を下回る水準まで低下した。
(コメの消費量は最近の穀物高の影響で若干増えているらしいが。)



極端な言い方をすれば、
コメを食べなくなったために自給率が低下したと言える。

そして国内農業の衰退も。


この前提を元に、逆に考えれば
コメを食べれば自給率は上がるとも考えられる。

どこかで聞いた話だが
一人一人が毎日パンを食べる代わりにご飯を今まで以上に食べれば、
(パンを1個→ご飯茶碗に一杯といった具合にすれば)
自給率は1%上がるらしい。

この理屈は想像がつくと思うが、
コメについては消費量が増えようが減りようが関係ない。
コメの自給率は95%でほぼ変化しないのだから。(※)

ポイントになってくるのは小麦の消費量である。
小麦の消費量を減らせば自給率も上がってくる計算だ。


それと肉。こいつが曲者なんだ。

肉の自給率ってのは意外と高く、
オーストラリアやアメリカ産が台頭している牛肉でも40%の自給率がある。
しかし、国内産穀物で肥育された数字だと・・・10%近くまで下がる。

ということは、肉需要が高まるということは
それだけ穀物需要も高まる。(肉1kgに対して小麦1000kg)
仮に国内で肉生産を増やそうとしても
家畜に向けられる国内産穀物なんてあるわけもなく当然飼料を輸入に頼る。
すると自給率は下がる。


とりあえずここで言えそうなことは
パンと肉を食べるのを控えれば自給率が向上しそうだ
ということだね。


さて、この辺の話を書いていて
WTO交渉について色々と考えが浮かんできたので
次回はWTOがらみ(農産物貿易自由化交渉)の話にしようか。

訴えても仕方ない。

農業団体なんかの動きを見ていて
特に違和感を覚えるのは署名活動や集会を開くということ。

農家の生活が苦しいことを政府に要望する。


それ自体は悪いことでもなんでもないが、
いいこととも言えない。

なんでそれしかできないの?と、言いたい。


もっと頭使えよ。
どうやったら儲かるのか。収益があがるのか。

そう思う。


だから学生なりの視点で農業の未来を創造したい
そう考えるようになったのかもしれない。

まずは理想ありき。

どんな姿・形が望ましくて
そのために何をしていかなければいけないのか。

その実現のためにはどのような努力が必要なのか。


それを考えたい。


前向きに、何をどうすればもっと良くなるのか。

農業をとりまく環境が厳しいのは訴えなくてもみんな知ってる。

それをどう乗り越えていくのか。
これを考えることこそ今、すべきことじゃないのか?

2008年7月15日火曜日

食料自給率の話。part.1

最近になってよーやく
食料自給率が低いということがマスコミでも
取り上げられるようになった。

日本の食料自給率はご存知の通り39%(カロリーベース)。

ここ5年くらいずっと40%だったのが
今年になって39%と40%を割り込んだ。


ただ、この自給率の話、
あまり数字にこだわらない方がいいと思えてきた。

と、いうのも40%だろうが39%だろうが、
そこには大して意味はない。

この数字が示す重要なポイントは
「日本人の腹を自国の食料で満たそうと思ったら半分も満たせない」
ということにある。


しかしだ、今の日本での食生活において
40%という数字に実感が持てるだろうか。

恐らく持てないだろう。


何故か、コメとパンの製造表示にその答えの手がかりがある。

コメは○○産米といった具合に
どこでとれたコメか分かるようになっている。

しかしパンの場合はどこの工場で作られたかは分かっても
原料である小麦の原産地がどこか丸で分からない。

それじゃ、実感が持てなくても仕方ない。


生鮮物なんかは原産地表示されているが
加工されたものは原産地の表示がない。

それじゃ感覚としてどれくらい海外の食料に依存しているのか分からない。


数値的に自給率が低いことを言うよりも
感覚として自給率が低いと言うことを認識させるような
取り組みの方が重要ではないだろうか。

そう考えるとパンや豆腐、味噌、コーンフレークといった
加工食品は原料の生産地表示を義務付けるべきだと思えてきた。

それだけで消費者サイドとしては
無意識のうちに生産地を意識するようになるのではないだろうか。


そこで俺が前々から言っている主張だが、
大学生協や外食産業なんかで自給率表示すると面白いと思う。
栄養表示できるんだから可能でしょ。

そしたら自給率を意識させられてしまうように思う。

事実、栄養表示は何故か気になるし。
特に塩分とか。(高血圧の血統なもんで。笑)



とにもかくにも、自給率を向上させるのであれば
まず感覚として自給率が低いことの実感がないのだから、
これを実感させる取り組みが必要である。

そう思う。

2008年7月8日火曜日

農業の面白さ。

「マイペース酪農」三友盛行/農文協・2000.3
を研究室の教授に薦められて読んでみた。


酪農のあり方について非常に考えさせられた。
今まではいかに乳量を向上させるかが至上命題だった酪農に対して
真っ向から批判して、
どのように「マイペース酪農」を実践しているのか書かれている。


この本の中で農業の面白さに関する記述が
あったので紹介したい。

===

すべての事象をよく見る、観る、看ることです。

そして、自分の今までの経験、知識を足して想像、推理、創造し、
的確な判断のもとで行動し実践する。

それができるところに農業の面白さがあり、
力量発揮のしどころなのです。

===

それを面白いと感じる人は農業に向いているのだろう。
そう思う。

2008年6月30日月曜日

農学栄えて農業滅びる。

このセリフを初めて聞いたのはいつだっただろうか。

大学に入ってからだったように思える。


最近、ビジネスチャンスはないかと
アンテナを張っていると感じることがある。

「農学栄えて農業滅びてるな」、と。


農学に関する研究は非常に進んでいると言っていいだろう。

バイオサイエンスなんかは特に。

農業のIT化もかなり進んできている。
リモートセンシングやらロボットトラクタやら。


これが他の産業だったら
どれだけ可能性を秘めた技術として存在するのだろう
と最近よく思う。

このような最新の技術を農業の現場で使う人がいない。
ビジネスに昇華させる人がいない。

これが今の農業の衰退を招き、
農学のみが栄える結果を招いたように思える。



技術を利用したビジネスを創造することによって
農業は大きく発達する可能性を秘めている。

せっかく技術が沢山あるのだからビジネスに利用しない手はない。

そんな風に感じている。

2008年6月18日水曜日

穀物高騰と日本の稲作。

ここ半年の穀物価格の高騰はすんごいね。
カップ麺の価格の推移を見ていると変化がよく分かる。

以前なら100円、安いときなら88円で買えた
カップヌードルなんかも
今は安くて128円といったところ。

まぁ、最近落ち着いてきた気配もあるが。


ただ、以前と比べて
穀物価格が高止まりするのは間違いないだろう。

理由は以下の3つ。
・ BRICsの台頭による穀物需要の拡大
・ バイオエタノール需要
・ 干ばつによる供給量の縮小

バイオエタノール需要は現在、
批判が起こっているので縮小していくだろうが、
BRICsの台頭と干ばつによる影響は今後も続くと考えられる。


で、穀物高騰が日本農業に思わぬ恩恵をもたらしている。

コメの注目だ。

パン・麺類の値上がりに伴ってコメに回帰しているらしい。

確かに自分自身もコメを食べる回数が
若干増えた気もする。


で、コメに回帰したということは
まぁいいことではあるのだが一つ懸念すべきことがある。

小規模稲作農家を温存しておいていいのか。

ということである。


別に小さいこと自体は問題ではないが、
保護農政下で大切に守られてきたコメ農家が
「だからコメは守れっていったろ。俺達を守れ」
なんて言うようにならないかが心配。


農家サイドはここで「保護せよ」と言ってはならない。

この機会をチャンスと捉えて
今のコメに消費者の目が向いているうちに
もっと消費者を惹き付けるような経営努力をしないといかん。

小売業者と組んで
プライベートブラントとしてコメを作るもよし、
法人化してコメ作りたいやりたいヤツが
コメをやれるシステムに取り組むもよし。

これは稲作以外の農家にも言えることだが。


このチャンスを利用してただ生きながらえるのか。
それとも一歩前に進むのか。

しかと考える必要がある。

2008年4月21日月曜日

食糧援助はうさんくさいよ。

最近、穀物高の影響で
世界各地で暴動が発生しているらしい。

で、アメリカが緊急援助を実施するらしい。

そこで思った。

食糧の緊急援助って
なんて食糧輸出国にとって便利な政策だと。

通常は食糧増産のための援助
(技術援助などのソフト面ね。ダム作ったりは二の次でいい。)
を行わずに
極めて食糧に困っていると見るや援助を表明。

食糧援助を実施すれば
「あの国はなんていい国なんだ」と、国際的な評価は高まる。

その一方で
彼らは食糧の供給国には成り得ないから
競争相手とは成り得ない。

評価は高まるが余計な競争相手は作らない。
生かさず殺さず的な手法だよ。


食糧援助なんてしたって意味がない。
彼らが彼ら自身である程度の食糧を確保し経済力をつけるような
サポートをしなければならない。

開発援助ってやつですかね。

現地での農業生産に適した生産技術を開発して
普及させねばいかん。

インドネシアあたりでは最近、
現地にあったコメの品種の開発・普及や生産技術の普及を
行ったりもしているらしい。

日本は食糧援助はすべきでない。
自国の食糧さえ他国から買っているのだから。
カネに任せて買い集められた食糧は
受け入れられても喜ばれるとは思えない。

それよりも世界的な食糧生産能力の向上に努めるべき。
そっちの方がよっぽど喜ばれるのではないだろうか。